2016年04月

2016年04月01日

ハタチ。

大変ごぶさたしております。



前回の投稿が去年の北陸旅行とは。。。

しかも現地から写真と記事を更新したのに、なぜか写真しかアップされてない。。。



さて。

本日、無事ハタチを迎えました。


ええ、はい、今年もです。今年もハタチです。
しかもハタチ歴ハタチです。Wハタチ。2度目の成人式。
ハタチという文字がゲシュタルト崩壊するまでハタチを声高に叫んでやります。

東京は開花が早かったにもかかわらず、あたいの誕生日まで満開を待ってくれてましたわよ。
何度迎えても、誕生日に満開の桜を見るのは幸せな瞬間です。

ハタチを20年やる前から四十肩がやってくるわ、老眼進むわ、白髪染め始めるわで
まあ中年の心づもりはあったつもりですが。

やっぱ年齢の数字が2ついっぺんに変わるとふおぉーってなりますね。


30代最後の年は、なんかいろいろ激動だったのかしら。

年末に右手全体に沸騰したての熱湯をぶちまけるという大やけどをやりまして。
しばらく右手が使い物になりませんでした。
ここにきて奇跡というか、ケロイド状の痕はまったくといっていいほどなくなりましたが。
一部に色素が黒く沈着した跡が残っちゃってます。
手の甲に稲妻走ってるみたい。っていうとカッコいいけどね。


あと、長崎でテレビに出たりとか。
福岡でぶっ倒れたりとか。


いろんな人に怒りをぶちまけて、今まで築いた関係を壊したりだとか。

母節子、初めての長期入院だとか。

勉強してなかったのになぜかTOEIC120点アップしたりだとか。


いろいろありますが、私の中で1番大きかったのは。
昨年の秋に、140年余り続いた実家の店を畳んだことでしょうか。

生まれてからずっと、自分は必ず「酒屋の娘」と言われて育ってきました。
一人っ子の自分は子供の頃、跡を継いで五代目の社長になるのが当たり前だと思ってきました。
成長するにつれ、敷かれたレールを当たり前のように進むことに抵抗を感じ、別の道を進みました。

でも誰かが継がないと、いつか終わりが来てしまう。

10年前に父が他界し、母1人で店を切り盛りする前から、跡継ぎのことはずっと心に引っかかっていました。
店の商売が嫌いなんじゃない。むしろ手伝いするのは好きだった。
でもコンビニや大手スーパーが席巻する今、店の売り上げもほとんどでない状態で、会社員の道を捨て、厳しい小売業界に飛び込む勇気がなかなか出ませんでした。

そんな中、母がさくっと閉店を決めました。

そこからが早かった。
あっという間に在庫を一掃し、近所の酒屋さんと配達先の受け持ちを検討し、店内の冷蔵庫や看板をぱっぱと撤去してました。

老舗に近い、そこそこな年数を重ねた商売でしたから、まあ周りからもやいのやいの言われたりもありましたので、
どんな結末であろうとも、自分が決断をしてあげるべきだったのではないか。
結果母に全部背負わせることになってしまったのではないか。
閉店日のシャッターを閉めるその瞬間まで、そんなことばかり考えていました。

未だに日々の残務整理に終われている感じで、その間に節子の入院もあったので正直実感という実感がまだわかないのですが。
自分の中の1番大きなアイデンティティーを失った喪失感と、自分の決断の甘さへの激しい後悔と、自分を悩ませ続けたものがなくなった、ほんの少しのスッキリ感と、そしてそう思ってしまう自分への罪悪感とが、毎日自分の頭の片隅でせめぎあっているような感じです。


なんかちょっと重たくなってしまいましたが。

自分をとりまいていた色々なものは30代に置いてきました。
人は何かを失って、ようやく何かを得ることができる。
そう信じて、これから自分は何を得ることができるのかを楽しみに生きていければなと思います。



toka at 00:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0)